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- 馬時京風(ばじきょうふう)
- 馬時京風 竹之上さん第1回
氏名:竹之上 次男(たけのうえ つぐお) 職業:実況アナウンサー 兵庫県競馬(園田競馬場・姫路競馬場)の実況アナウンサーとして活躍中。本業の競馬実況に加えJRAの競馬場でのイベントや催しにも積極的に出演し、その軽妙な話術で、地方・中央の垣根を越え、広く競馬や競馬全般に関する啓蒙活動を積極的に行なっている。 |
「心に響く言葉」
- はじめまして、園田競馬場で実況をしています竹之上次男と申します。先月の池山さんには、園田で大活躍中と書かれて、大仰にバトンを渡してもらいましたが、決して大活躍しているわけではないので、非常に恐縮しているところであります。そんなぼくですが、一ヶ月間、どうぞお付き合いくださいませ。よろしくお願いします。
- 競馬実況歴は14年目に入り、競馬歴は22年ぐらいになります。現在が41歳ですから、始めた時の年齢は・・・?、まあ友人の講談師・太平洋氏なんかは、小学生のころから競馬を始めていたとの噂なので、ぼくなんかアマちゃんですね。
- ちょうどオグリキャップが活躍していたころが、ぼくが競馬を始めたころで、空前の競馬ブームが到来していました。今のようにインターネットを通じて家でゆっくり楽しめる時代ではなかったので、競馬場に行くか、ウインズに行くかという時代です。どこもあふれかえるほどの人混みで、ファンの熱気も凄まじいものがありました。
- オグリキャップのラストランとなった平成2年の『有馬記念』を観戦したときは、ウインズ梅田A館の地下一階。感動のシーンは大勢の競馬ファンと一緒に味わいました。本当は馬券の当たりハズレがあるので悲喜こもごものはずなんですが、このときばかりは皆がオグリキャップの勝利を祝福するような一体感が生まれ、競馬っていいなぁと感じたものです。
- 平成8年3月9日。この日はぼくの主戦場であったウインズ梅田B館4階で勝負をしていました。ナリタブライアンVSマヤノトップガンの新旧年度代表馬対決として注目を集めた『阪神大賞典』を観るためだったわけですが、このときほど競馬ファンの気持ちが一体となった瞬間は味わったことはなかったですね。
- その一体感は、ある女性のひと言で生まれたのでした。
- レースはマヤノトップガンが終始リードして、ナリタブライアンがマークする形で進んで行きます。2周目の3コーナーでトップガンが先頭に立ち、それに並びかけるブライアン。2頭が抜け出して直線を迎えます。館内では、2頭の対決には注目していたものの、馬券的な妙味からは、あぁやっぱりこの2頭で堅く収まるのかぁ、という雰囲気が漂っていました。ですから直線に向いたときは歓声が上がるというのではなく、ため息が聞こえてくるような静けさに包まれていました。
- しかし、その静寂をある女性の声が打ち破るのです。
- 「ブライアン勝って!!」
- フロア全体に響き渡った声の主は、彼氏に連れられて来たのであろうと思しき女性。混雑にハッキリとは確認はできないものの、そうと思わせる若さと麗らかさが声に表れていたのです。
- 周りにいた競馬ファンは、はたと気付かされます。
「そうや!おれはブライアンの復活を観に来てたんや!」
「三冠を達成したころの、あの強いブライアンを観たくて、きょうは土曜日やのにわざわざウインズ梅田まで来てたんや!」
「こんな若いねーちゃんよりも、わしの方が競馬をよう知ってるはずやのに、馬券のことしか考えてへんねやなんて…」 - 誰も声には出さずとも、そんな想いが頭を巡り、自分を恥じながら、後ろめたさを洗い流すかのように声援を送ります。瞬く間に大歓声となり、わずかにブライアンが先着したように見えたゴールの瞬間は、大きな拍手が沸き起こったのです。そして、ウインズ梅田B館4階は何とも言えない興奮と一体感に包まれたのでした。あの声がなければ、歴史に残る名勝負と称されるこの対決を、ただの“堅いレース”としてしか観られなかったのかも知れません。競馬ファンではなく、ただの馬券ファンになってしまったかも知れません。ぼくたち競馬ファンが忘れかけていた心の声を、絶妙のタイミングで彼女は代弁して、ぼくたちを救ってくれたのです。
- 心に響く言葉とは、難しい言葉を使わずとも、奇をてらわずとも、すぅーっと入り込んでくるものなんですね。競馬実況で、「○○○○勝って!!」と言えるはずもありませんが、ファンの皆さんの気持ちを代弁できるような喋りができ、一体感を味わうことができればどんなに気持ちの良いことでしょう。