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- 馬時京風（ばじきょうふう）
- 馬時京風 井上さん第1回
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氏名：井上 オークス（いのうえ おーくす） 職業：競馬ライター さすらいの旅打ち競馬ライター。住所は京都だが、年間300日は空き家状態。年中無休で国内外を転戦している。今年４月、ＫＫベストセラーズより旅打ちエッセイ集『いま、賭けにゆきます』を出版。スポニチにＧＩ予想コラム『えい！えい!!オークス』を連載。 |
「三冠馬の生まれる場所」
- 京都で暮らして１６年になる。といっても、最近は年中旅に出ているので、ほとんど京都にいない。わが四畳半は、あらゆる競馬場で収穫した外れ馬券の散乱する物置と化している。
ただ、秋はわりかし家で寝る。そしていそいそと京都競馬場へ足を運ぶ。秋の京都開催が近づいてくると、わしにも帰巣本能があったんだな、と感じる。 - ああそれなのに、それなのに。２００３年の秋、口座から種銭を下ろしそびれて週末を迎えるという失態を犯した。
- その年の夏、東京の激安ネットカフェで爆睡中に財布を盗まれてしまい、手持ちのカードがおじゃんになった。それからキャシュカードを作らないままでいたので、ＡＴＭを使えない。平日に銀行の窓口で通帳と印鑑を提出しないことには、お金を引き出せない。馬券どころか、競馬場に行く電車賃もない。日曜は秋華賞なのに……。
- 道端で拾った芋を食ったり。パスタをうどんの太さになるまで煮込んで空腹をごまかしたり。ガスを止められて冷水シャワーで越冬したり。貧乏耐性は強いほうだと思う。が、不測の金欠で種銭が切れると、激しくうろたえてしまう。どどどどうしよう。秋華賞の馬券を買えないなんて耐えられない。パニック。
日払いバイトを探したり、自動販売機のお釣りが出るところに片っ端から手を突っ込んだり、あの手この手で金をかき集めようとしたが、上手くいかなかった。結局、情けないことに、同じ高校の陸上部で共に汗を流した友人に泣きついた。- そして秋華賞。
スティルインラブが、淀のゴールを先頭で駆け抜けた。
幸英明騎手の笑顔が弾けた。スティルインラブが、メジロラモーヌ以来１７年ぶりに牝馬三冠を達成した。私は京都にいながらにして、この瞬間を見逃すところだったのか。そう思うとゾッとした。
なにも言わずに金を貸してくれた友人に、あらためて感謝した。三冠馬牝馬誕生の瞬間を体感させてくれてありがとう。
私は余韻に酔いしれながら、友人に牛丼を３回奢ろうと思った。 - あれから８年の月日が流れた。２００５年にディープインパクトが、昨年はアパパネが三冠馬に輝いた。
私は行く先々で食べ物を恵んでもらったり、奇特な大家さんに家賃の滞納をこらえてもらったり、相変わらず誰かの優しさに支えられて、好き勝手に旅を続けている。 - あと何回、三冠馬の誕生する瞬間を味わえるだろうか。
二冠馬オルフェーヴルは、菊花賞を勝つだろうか。今年は三冠馬が誕生するだろうか。
そろそろ帰巣本能が疼き始めた。 - というわけで。ご挨拶が遅れました。競馬ライターの井上オークスです。
超絶美声の竹之上次男アナウンサーからバトンを受け取り、９月のコラムを担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
