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ワンアンドオンリー号日本ダービー(第81回東京優駿(GⅠ) 優勝記念スペシャル座談会

日本ダービー制覇、感動の優勝を振り返って

進行:旭堂南鷹(以下:南鷹) 本日は第81回日本ダービーにおいて、ワンアンドオンリー号で見事優勝されました、前田幸治オーナー、橋口弘次郎調教師、横山典弘騎手のお三方に日本ダービーを振り返っていただきながら、お話しをお伺いしたいと思います。」

南鷹:「まず始めにみなさんにダービー優勝のご感想をお伺いしたいのですが、前田オーナーはノースヒルズ生産馬での二年連続ダービー優勝、昨年は弟さんの前田晋二オーナー所有馬キズナ号で、今年はご自身所有馬のワンアンドオンリー号でのダービー優勝、昨年と今年の心境に違いはございましたか?」

前田幸治オーナー(以下:前田) 「私の馬も弟の馬も違いはありません。弟の馬が勝てば私も心から嬉しいですし、同様に弟も私の馬が勝って、飛び上って喜んでくれました。喜びも名誉も兄弟一緒です。違うとすれば、賞金の行き先だけです(笑)。そして今回は、個人的な喜びもありますが、尊敬する橋口調教師と一緒にダービーを優勝出来た事が何よりも嬉しいです。」

南鷹:「橋口調教師にとっては、悲願と言ってもいいダービー制覇となりましたが、ゴールした瞬間はどんなお気持ちでしたか?」
前田幸治 オーナー

橋口弘次郎 調教師
橋口弘次郎調教師(以下:橋口) 「TVの映像などで自分の姿を見ると、それほど興奮している感じではないように映っていましたが、ゴールした瞬間は「ついにやったか!」という思いでいっぱいでした。本当にそれにつきます。ゴール後は天にも昇るというか、地に足が着かずフワフワしていましたよ、一種の放心状態でした。」

南鷹:「マスコミ等でも橋口調教師のダービー制覇は、レース前から話題となっていました。これについて横山騎手にはプレッシャーなどはありましたか?」

横山典弘騎手(以下:横山)「それは、もちろんありました!実は僕、前田オーナー・橋口調教師からダービー騎乗のご依頼をいただいた時、何を勘違いしていたのか橋口調教師は今回のダービーが最後だと思い込んでいたので、僕で本当にいいのだろうかと正直思いました。これまで橋口調教師の管理馬でのGI2着が7回ですからね(笑)最後のダービーの機会を僕が…と。」
横山典弘 騎手

南鷹:「前田オーナーも、橋口調教師のダービー制覇にはいろいろなお気持ちがおありだったと思いますが、如何ですか?」

前田:「先程も言いましたが、尊敬する橋口調教師のダービー制覇が私の所有馬でという事に感慨もひとしおです。日頃より管理馬の1頭1頭を勝たせるために尽くされていることには、本当に感謝しております。馬に対する取り組み、その真摯な姿勢やレースにおいての騎手の方の起用方法など、私は橋口調教師が大好きです。私だけでなく関係者やマスコミ、一般の方々にもこういうお人柄が伝わっていて、ファンが大勢おられるのだなと思います。余談ですが、実はダービーの日は橋口調教師が涙を拭くためにと秘蔵のタオルを用意していたんです。レース後、そのタオルをお渡したのですが、当日は余りにも暑くて涙が乾いてしまったのか、涙ではなく汗を拭いておられました(笑)。」

橋口:「涙を拭くふりはしていたんですがね(笑)。」

南鷹:「横山騎手に伺います、優勝後のインタビューのコメントの中に“下を向いて追ってしまった…”という反省のコメントが凄く印象的でしたが、背景にはどういうお気持ちがおありだったのでしょうか?」

横山:「僕は日頃からレースに騎乗する際にはただ勝つだけではなくて、格好良くきれいに馬に乗る、プロとしてファンの方に見せる、という部分にこだわりと信念を持っています。後輩たちにも“下を向いて馬を追うな”と常々言っているのですが、ダービーの晴れ舞台でなりふり構わず馬を追ってしまった、もちろん優勝の嬉しさもワンアンドオンリー号に僕を乗せてくださった前田オーナーや橋口調教師への感謝の気持ちはありましたが、あの着差ならもっと馬に負担を掛けずきれいに勝てたのではとつい反省の言葉が出てしまったのがあのコメントの背景です。」

橋口:「そんなことは無い、凄く格好良かった!なによりゴールしてから、ガッツポーズもせず淡々と流す姿、あの何もしなかった姿が私には余計に格好良く写ったよ。」

横山:「ありがとうございます。若い時はガッツポーズをする事もありましたが、今は自分の感情に任せて派手な事をやるより、馬を大事にという思いが強いです。特にレース直後だと馬に疲労もありますし。それに、この馬はダービーが目標でなく、これからもっともっと目指す事のある馬ですから。馬からおりるまで気が抜けませんでした。」

蹄


白熱のレースを振り返って

南鷹:「続いてレースを振り返っていきたいと思います。誰もが予期していなかったのではないでしょうか?まさかの先行策でした。橋口調教師は予想されていましたか?」

橋口:「あそこまで前へ行くとは思っていませんでしたが、馬場状態や今までのこの馬のレース振りから考えると当日の馬場ではこれまでのように後方に位置すると少し厳しいので、ある程度の位置につけるのではと思っていました。それでも中団くらいかなと…、ただ、皐月賞から比べると道中の馬の反応が良かったのでそこで問題は無いと感じていました。」
橋口弘次郎 調教師

南鷹:「前田オーナーと橋口調教師からは、横山騎手に事前に何か指示を出されておられたのでしょうか?」

前田:「名手に指示など出来ません。ただ“グッドレースを!”と一言だけ言いました。」

橋口:「横山騎手には私も今まで多くの馬に乗ってもらっていますが、こちらから指示した事は一度もありません。私より騎乗してくれている横山騎手の方が、馬の事をよくわかってくれていると信じていますので。」

横山:「前田オーナーは何も言っていないとおっしゃっていますが(笑)、実はレース前に“今日の馬場なら前に行くのが有利だろ?”と問いかけられました。自分でも前に行こうとは思っていましたので、この言葉を頂いたお陰で自分の騎乗に確信が持てました。皐月賞の時、本当は前に行ってもよかったのですが、自分自身で決断しきれなかった部分がありましたので、前田オーナーの一言が“失敗を恐れずに行けよ!”と僕の背中を押してくれたように思いました。あそこまで積極的に行けたのはあの一言があったからです。」

南鷹:「さて、好スタートからの先行策でしたが、向正面で少しかかり気味に見えましたが、皆さんのその時のお気持ちは?」

横山典弘 騎手
横山:「はい。1コーナー、向正面、正確に言うと4コーナー手前まで、決して滑らかではなかったですね。やはり良いポジションを取りに行くために少し無理をしていましたので、その分の苦労はありました。馬もこれまでそういう経験がなかったですから、よく我慢してくれたと今は思っています。」

橋口:「今までは馬の気分に任せるレースが多かったので少し戸惑っているようには見えましたが、ギリギリ許容範囲かなと思っていました。横山騎手が上手くなだめてくれていましたからね。」

前田:「私も許容範囲だと感じていました。名手横山典弘を配しておりますから不安などなかったです。」

南鷹:「いよいよ直線を迎えます。皆さん勝利を確信されたのはどの瞬間でしたか?」

前田:「4コーナーを回った時ですね。イスラボニータをきっちりとマーク出来ていましたから。これはいいなと思っていました。」

橋口:「私は、直線でイスラボニータと並んだ時ですね。手応えは相手の方がよく見えましたが、うちの馬は追ってからが味のある馬なので、並んだら勝てると思って見ていました。しかし、差し返されようとした時には一瞬だけ、あれ?とは思いましたが、その一瞬だけでした。横山騎手もそれを感じたと思いますよ。」

横山:「はい、イスラボニータが内で抵抗しているのは確かに見えました。なりふり構わず馬を追って、それこそ下を向いて、もうお願いしていましたね(笑)。最後、振り切った時に“よし!”とは思いましたが、レースはゴール板を過ぎるまで何があるか分かりませんので、気を抜かずに最後まで乗りました。」

蹄


誕生~デビュー、そしてダービーへ

南鷹:「さて、続きましてワンアンドオンリー号のお話を伺いたいと思います。前田オーナー、血統はヴァーチュからアンブロジンに繋がるノースヒルズ縁の血統ですね。」

前田:「アンブロジンは血統の良い馬だと思っています。ヴァーチュはタイキシャトルの産駒で3勝したのですが、タイキシャトルの牝馬の産駒はスピードがあり距離も持つ、合わせて種牡馬の良いところを引き出すという特性があります。今回はハーツクライのスタミナと勝負強さを存分に引き出してくれたのではないかと思っています。ただ、幼駒のころのワンアンドオンリーはキズナのように生まれた時からオーラがあって“末は博士か大臣か”という感じではありませんでした。大勢のなかの1頭、初めはそうした印象の薄い馬でした。この世代は、橋口調教師へハーツクライ産駒の牡馬をワンアンドオンリーを含めて3頭お預けしたのですが、当時はマンハッタンカフェのファレノプシス(クールオープニング)でダービーを獲っていただきたいと思っていたくらいです。」
前田幸治 オーナー

橋口:「確かに、厩舎にやってきてからもデビュー前から馬っ気ばかりで走る方に気持ちが向いていませんでした。小倉でデビューしたのですが、気の悪いところが目立ってパドックでは他の厩舎の厩務員さんが“この馬悪いですね~”って言っていたくらいですから。もう競馬どころではなかったです。本馬場に馬を放したときはホッとしましたよ。よく競馬に使えたな、というのが実感でした(笑)。それが2戦目では2着に来てくれて、3戦目で非常に良い勝ち方をしてくれました。直線馬群を割ってグイッと伸びましたからね。いい根性しているなと思っていたら、前田オーナーからも異口同音、この時の第一声が…。」


前田橋口 「いい根性しているなぁ~。」

南鷹:「横山騎手は、東京スポーツ杯2歳ステークス(GⅢ)で初めて騎乗されましたが、ワンアンドオンリー号の最初の印象はどのようなものでしたか?」

横山:「レース前に橋口調教師からは“ノリ、どんな脚を使うか味を見てくれ”と言われていました。跨ってみるとまだヨタヨタ歩いている感じで幼さを感じました。ただ、レースではイレ込みはしていましたが、直線は良く伸びてくれましたので、現状でこれだけ走れるのであれば、順調に成長すれば後々は走ってくるだろうなとは思っていました。しかし、ハーツクライ産駒だから少し時間がかかるだろうな?そんなに急には良くならないだろうなという印象でした。それが、ラジオNIKKEI賞(GⅢ)を見て、“あぁっ!?こんなに変わったんだ!”と思いましたね。レース内容も良かったですが、走り方がやっぱり変わりましたね。僕が乗った時は、トモ(後肢)が弱くて頭の位置がちょっと低めに感じたんです。それが、馬がグッと起きて、トモの推進が良く見えたので、“こんなに馬がすぐに良くなるのか”と内心驚きながら見ていました。」

橋口:「あのレースを勝って、とにかくダービーに行けるなと…それが嬉しかったですね。この時点ではまだダービーで勝てるとは思ってはいませんでしたが、とにかくダービーに出走できると、ダービーから逆算してローテーションを決められましたからね。」

前田:「私もあそこから報知杯弥生賞(GⅡ)までの2ヶ月半、ここで休養期間を持てたことが馬の成長にとってとても大きかったと思います。」

橋口:「この期間は手元に置いていましたから、目に見えて良くなっていくのが分りました。」

南鷹:「そして、いよいよ横山典弘騎手への再度の依頼となるわけですね。」

前田:「悩むことはなかったですね。橋口調教師と二人同じ意見。二人で“ノリ”と声を揃えました。」

橋口:「ダービーまで乗ってもらってよければその先も、とお願いしました。彼が快諾してくれたのが嬉しかったですね。」

横山:「僕の方こそありがたいお話です。ダービーに乗れるだけでもありがたいのに、そこまで信頼していただけるのですから。その上、橋口調教師とのこれまでの歴史があって、ダービーはこれが最後と思っていたこと(僕の勘違いでしたが(笑))もあるなかで、僕にオファーしてくださって、前田オーナーと橋口調教師に本当に感謝します。」

蹄


海外GⅠへの挑戦

南鷹:「さて、日本ダービー馬になったワンアンドンオンリー号ですが、来年の海外遠征という夢をわれわれ競馬ファンは期待するのですが、そのあたりについてお伺いできますか?」

橋口:「可能性は大ですね!まだ良くなる余地を残しながらダービーを勝てたと、横山騎手も言ってくれているし、私もそう思っていますから。そのためにも秋。菊花賞(GⅠ)を何としてでも手に入れて、胸を張って海外に行けるようになりたいですね。」

前田:「ダービーを勝ったので、来年はドバイ(ドバイシーマクラシック(GⅠ))とキングジョージ(キングジョージ6世&クィーンエリザベスステークス(GⅠ))に行こう!と話をしていますし、横山騎手にも体を空けてくれるようお願いしています。これで“乗りません”と言われたら、また相談しなければいけません(笑)」

橋口:「もう相談しなくてもいいでしょう?」

横山:「はい!」

前田:「橋口調教師にお伺いすると、ハーツクライの遠征時は帯同馬がいなかった事が敗因の一つとおっしゃっているので、今度は帯同馬はもちろん、大山ヒルズやノースヒルズからもスタッフを何人か連れて最高のチームを編成して行きたいと考えています。行くからには出すだけはでなく、勝つための環境を万全に整えたいと思います。その為にもノースヒルズが手にしていない3歳クラシック最後の一冠である菊花賞、これを何としてでも勝ってから海外に向かいたいですね。」

横山:「距離も問題ないですから楽しみですね。本当にまだまだ良くなる余地を残してダービーを勝ったのでこれからの成長が凄く楽しみです。そして、何よりも僕のことをここまで信頼してくださっている前田オーナーと橋口調教師の期待にお応え出来るよう、僕もそれまでにしっかりと腕を磨いておきます!」

前田:「横山騎手の意気込みを感じて言うのではありませんが、私はやはり、日本の生産馬には日本の騎手に乗ってもらうのが良いのではと考えております。もちろん、日本も競馬のパートI国として外へ門戸を開く事は仕方ない面もありますし、私の所有馬に海外の騎手に乗ってもらう事もあります。ただ、あまりにも極端な海外騎手の偏重には問題があるのではないでしょうか。昨年のチームキズナもそうでしたが、日本の生産馬を日本の調教師が育て、そして日本人騎手が乗って海外にチャレンジする。もちろん、その為には普段からの競馬でも日本人騎手にしっかり乗ってもらって人馬ともが一緒に育っていく、こういった積み重ねが日本競馬の更なる発展と、ファンサービスに繋がっていくのではないか?このように考えます。」

南鷹:「ワンアンドオンリー号の将来が楽しみですね、最後になりましたが、ファンの皆様に一言ずつお願いします。」

横山:「ファンの皆様もワクワクしているかと思いますが、僕もどれだけ成長していくのかを楽しみにしています。良い結果を出して、その先の夢に繋げられるようにしたいと思います。そのためにも自分の腕を磨いておきます。」

橋口:「ダービーを勝つことが出来て、また新しい夢(海外遠征)の続きが出来ました。ファンの皆様の期待を裏切らないような走りをご披露できるべく私の仕事をしっかりと行っていきたいと思います。」

前田:「先日のダービーは14万人と多くのお客さんが東京競馬場に集まってくださいました。ただ、私が初めて所有馬のゴールデンゼウス号をダービーに出走させた時は19万人ものお客さんが集まっていました。私たちも頑張って良い馬を作っていきますので、ファンの皆様にも競馬を今後一層盛り上げていただき、あの時の競馬場の熱気を超えるような日本競馬の発展を共に築いていければと思います。」

南鷹:「われわれ競馬ファンも、白熱したレースと、夢の膨らむ挑戦に期待しております。本日はどうもありがとうございました。」

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