北新地競馬交友録

玉がない

小中と同じ学校に通っていたSから、「井上陽水良かったで〜」のメールが入ったのは、GWの次の週。
元々、地元では有名な土地持ちの馬鹿息子で、50過ぎに早期リタイヤ。
悠々自適の非常に不愉快な人間である。
平日の6時半に開演する大阪公演 、『光陰矢の如し』~少年老い易く 学成り難し~に、2日間連続で行ったと云うのだから、金と時間がある奴は強い。

『傘がない』by ようすい いのうえ

都会では 自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
つめたい雨が 今日は心に浸みる
君の事以外は考えられなくなる
それはいい事だろう?

テレビでは 我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をして しゃべってる
だけども 問題は今日の雨 傘がない
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の家に行かなくちゃ 雨にぬれ
つめたい雨が 僕の目の中に降る
君の事以外は何も見えなくなる
それはいい事だろう?

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の家に行かなくちゃ 雨の中を

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない

大昔、東大安田講堂攻防戦にテレビで釘付けになったのがきっかけで、鼻垂れ小僧に少しばかり毛が生えたぐらいだったが、学生運動や政治に興味を持った。
バット!いつのまにか激しく燃え盛った気運も下火に、『政治の季節』はジ•エンド。
へのこ玉を抜かれたようになり、駅の階段で、ウーマンの下着が見えないか、なんて馬鹿な事ばかりを考える日々であった。
そんな時に、オツムをガッん!と殴られたような衝撃を受けたのが井上陽水だ。

マスコミでは、ミーイズムだとか、しらけ世代などと揶揄されたが、井上陽水の本質は詩である。
それは、ランダムに歌のタイトルを羅列するだけで一目瞭然。
『青空 ひとりきり』
『ワインレッドの心』
『人生が二度とあれば』
『なぜか上海』
『とまどうペリカン』
『ダンスはうまく踊れない』
『飾りじゃないのよ 涙は』
どの曲にも常人では考えもつかない歌詞が溢れかえるが、やはりデビュー曲の『傘がない』は秀逸。
見事に時代の空気を切り取り、歌に昇華させた、それが井上陽水だと思うのである。

「マスターおはようございますか。土曜日の『葵ステークス』はエライ目に合いましたね」と、競馬友達のK君。
「ああ、祐介のディアンドルがせっかく勝ったのに、プリンスの野郎!13番人気のアスターペガサスを2着に持って来やがって。3着、4着、5着全部俺が買ってる馬じゃねえか。確実にマニーを増やして『ダービー』、サートゥルナーリアから、ヴェロックス、ダノンキングリー2頭にぶち込む予定が台無しだっちゅ〜の。大一番に7万しか張れねえ俺は、恥ずかしくて勝負師なんて云えね〜ョ」と、朝からぼやき節が炸裂。

「3頭で堅いですか?」
「ああ、ユーのあそこよか堅ぇ。しかしな〜勝負かけようにも玉がねえんだ!玉が。作戦変更すっしかねえだろう。サートゥルナーリアの3枠から元取りでダノンキングリーの4枠に1万と5千、ヴェロックスの7枠に2万。レーン遠慮せい!で4ー7に3万と5千だ」
「マスター、サートゥルナーリアが強いと思ってるんでしょ。買い方が曲がってるんじゃないですか?」
「だから云ってるだろ、玉がねえんだ、張る玉がョ〜。プリンスが余計な事しなきゃ〜3枠から2点、3ー7に10万、3ー4に4万買ってるぜ。ば!馬鹿野郎〜」
「……………………..」

井上陽水は「傘がない」と歌い、マスターは「玉がない」と嘆いているが……..さて。