北新地競馬交友録

秋雨

我が日本列島が天変地異のたて続けの襲来に青息吐息だ。
ボクシングで云えば、モハメド・アリのジャブを1ダース喰らったような状態。
ざっと思いつくだけでも、大阪北部地震、西日本豪雨、猛暑、台風21号、北海道胆振東部地震、そして台風24号。
ボクシングだったら差し詰めセコンドからタオルが投げ入れられるところだが、「天は我を見離したか!」と嘆きながらも踏ん張って立ち続けるしかない。
元近鉄バッファローズの鈴木啓示投手なら「わしは雑草や。踏まれて傷だらけになっても当たり前や。けど見てみい、雑草はコンクリートを割ってでも伸びてきよる。中・高生諸君、雑草になろやないか。投げたらあかんのや。一度や二度の失敗で人間投げたらあかんのやで」とでも云うのだろうか。
バット!天変地異は「もう知らん!」と投げるに投げ出せないのだから始末に悪い。

そんなこんなで、今年は徐々に体力、気力を奪われているが、1発でノックアウトを喰らったのが『阪神•淡路大震災』
それこそ、ボクシングで云うならマイク•タイソンの破壊的な左フックをモロ受けた格好だ。
マスターも自宅全壊で、小学校の体育館暮らしも3ヶ月を過ぎ限界で、やっと見つけた住処が、大阪難波の隣の駅『桜川』のボロアパート6畳一間。
神戸鈴蘭台に避難している嫁とは遠く離れ、休みの日は日に焼けた畳でつくねんと膝小僧を抱えるしかない日々。
朝から日本酒をコップでグビリグビリとやってから、自転車で向かう先は難波場外馬券売り場だ。
「命より大切なマニーを張るのに、酒飲んでやる奴は馬鹿以外の何物でもねえ」と云い切る今からは、想像が付かないぐらいくたびれていた。

「この『毎日王冠』は幸雄のジェニュインの独断場。お父さんもご存知『皐月賞』をぶっこ抜いて、『ダービー』は惜しくも2着。前走『京王杯オータムハンデ』は、適距離より2ハロン短い1600。しかも57.5を背負わされたんだから2着になるのは仕方ねえ。ありゃ〜軽い足慣らしで、この『毎日王冠』でエンジンを掛けて、本番の『天皇賞』で完勝する気なのは、日本全国馬券愛好家なら誰でも判ってらぁね。相手も絞れる、東京コースとはやたら相性がいいトニービーン産駒、太のサクラチトセオー、関西の秘密兵器と云うには弱っちいが幹雄のマイシンザンまで。後は全部オリンピック精神丸出しョ。ジェニュインから馬連でこの2点!地球一周回ってもそれ以外に考えられま〜が」
普段から長講師なのに、酒を喰らって自転車を漕いで来たものだからベシャリが止まらないのである。

「大歓声の中直線!ジェニュインは馬群の真ん中!ここから伸びるのか!先頭はスガノオージ!その外ドージマムテキ!そしてエアチャリオット!内でジェニュイン!苦しいか!赤い帽子ジェニュイン苦しいか!先頭はまだスガノオージ!外を通ってサクラチトセオーも突っ込んで来る!しかしスガノオージが先頭!スガノオージが先頭!どうやら態勢は決したか!ドージマムテキが2番手!勝ったのはスガノオージです」
1着 スガノオージ 安田富男J
2着 ドージマムテキ 柴田善臣J
3着 トロットサンダー 横山典弘J
単勝10番人気で6040円、馬連は20940円も付いた。

雨が降りそぼり、靄が立ち込めているような画面が、モニターの中に映し出されていた。
馬場に脚を取られて、もがき苦しむジェニュインに今の我が身の境遇を重ね合わせて俯いたままのマスター。
「やりよった!富がやりよった!スガノオージとったで」と雄叫びを上げる馬券愛好家の声が、聞こえていたのか、いなかったのかは今となっては定かではない。
秋雨が途切れる事なく降り続いていた1995年の『毎日王冠』。
もう遠い昔の話しである。