北新地競馬交友録

不撓不屈

梅雨が明け、流れ出る汗を拭いながら青空を見上げるこの時期になると、毎年脳裏を過るのは、先の不幸な戦争の事である。
『八紘一宇』『尽忠報国』『挙国一致』の名の下に多くの無辜の民が三途の川を渡った。
もっとも腹だたしいのは、「やれ行け!それ行け」と死地に放り込んだ政治家や軍人が、敗戦後もいけしゃあしゃあと命を永らえ、国会議員にまでなった人間がいる事。
歴史を紐解くと、当時の軍の上層部がいかに人命を粗末にし、戦況が悪くなると我先に逃げ出したかが判る。

USAの研究者によると、「日本兵は勇敢で優れていたが、作戦を起案する参謀や現地の最高責任者に人を得る事がなかった。それが悲劇の最大の原因である」
そんな中、最大級の評価を得ているのが、硫黄島の戦いにおける、日本軍守備隊の最高指揮官、栗林忠道大将。
USAの駐在武官も経験した『知米派』であり、国際事情にも明るく対米開戦にも批判的であったが、事ここに至れば是非もなし。
硫黄島に堅牢な地下陣地を構築しての長期間の持久戦・遊撃戦を計画。
従来の水際作戦とはまるで違う戦いを完徹したのである。
また、隷下将兵に対しては陣地撤退・万歳突撃・自決を強く戒め、全将兵に配布した『敢闘ノ誓』や『膽兵ノ戦闘心得』に代表されるように、あくまで陣地防御やゲリラ戦をもっての長期抵抗を徹底させた。

3倍以上の兵力、および絶対的な制海権・制空権を持ち、予備兵力・物量・兵站・装備全てにおいて、圧倒的に優勢であったUSAの攻撃に対し、最後まで将兵や兵士の士気を低下させずに、予想を遥かに上回る1ヶ月半も硫黄島を防衛したのだ。
3月16日、玉砕を意味する訣別電報を大本営に対し打電。
同26日、約400名の将兵とともに、自ら指揮を取りUSA陸軍航空軍野営地に対し夜襲を敢行し、戦死したと推定されている。
満53歳であった。

そんな栗林忠道大将の戦いに感銘を受けたのが、あのクリント•イーストウッド。
当初は日本人監督を起用するつもりであったが、前作『父親たちの星条旗』を撮影中に自らがメガホンを取る意思を固めたという。
俳優陣がこれまた素晴らしかった。
渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、中村獅童、加瀬亮。
一切の甘さを排除した、モノクロのシュールな映像と、妥協のない演技は観る者の胸を抉るものがあった。
栗林忠道大将の『不撓不屈』の精神と、自らが先頭に立って突撃する様を演じ切った渡辺謙は、この作品以降『世界の謙さん』の名声を得る。
『硫黄島からの手紙』2007年のシネマである。

「函館開催の名物レース『函館記念』11頭立てだがかなり難しい。勝ってもおかしくない馬が内から、祐一のアドマイヤフジ、康成のサクラメガワンダー、伸二のマチカネキララ、四位のシルクネクサス。真一郎のナムラマースだって前目に付けれるだけにぶった斬る訳にゃ〜いくまいて。もっとも、あれも怖い、これも怖いじゃ〜馬券になんねえのは百も承知だ。3着内の括りではトップハンデの57.5が厄でも、祐一のアドマイヤフジだろう。これまで闘って来た相手が違う。馬主がえれえ怖いらしいから調教師も必死のパッチで仕上げたとの話しもあるしョ。アドマイヤフジの複勝に張り付けてみようじゃねえか」
聞かれてもいないのに長講釈は、マスターの昔からの悪い癖だ。

「さあ!直線!マイソールサウンド粘る!マイソールサウンド!そしてアドマイヤフジ!内ナムラマース前が詰まっているか!マイソールサウンド粘る!アドマイヤフジ!ロフティエイム並んで来た!そして間からエリモハリアーだ!エリモハリアーが突き抜けた!2番手接戦!エリモハリアー三連覇!函館記念の申し子エリモハリアーです!」
1着 エリモハリアー 武幸四郎J
2着 ロフティーエイム 柴山J
3着 サクラメガワンダー 岩田J
4着 アドマイヤフジ 福永J
単勝2510円、3連単は385960円も付いた。

「なんだ、なんだ、なんだ?エリモハリアー?10ヶ月ぶり前走の『巴賞』は堂々のドンベ。おまけに屋根が酔っ払いの幸四郎。こったらもん買える訳なかんべ。祐一は何をやっとるんなら、あ〜あ4着だってョ。ダメだ!」といい泣きが入る梅田ウインズ午後3時半。
2005年、2006年に続いて2007年も!JRA史上3頭目となる同一平地重賞3連覇を成し遂げたエリモハリアーは、とんでもなく偉い馬である。
しかも、これ以後2010年の10歳まで走る事となる。

そのエリモハリアーだが、引退後は函館競馬場で乗馬となり、2011年からは誘導馬としてお勤めに励んでいる。そしてこの2018年の函館開催を最後に誘導馬を引退し、ホースガーデンしらおいで繋養される予定だ。

先の不幸な戦争、栗林忠道大将の不撓不屈の精神を描き感銘を与えた『硫黄島からの手紙』、屈腱炎をものともせずこれまた不撓不屈の精神で『函館記念』を3年連続勝ったエリモハリアー。どちらも2007年の事である。