北新地競馬交友録

ショック

夜の帳が降りたNYのビルから、段ボールを抱えたニューヨーカー達が、うな垂れた様子で吐き出される映像がテレビで流れた。
アメリカの有力投資銀行であるリーマンブラザーズが破綻したのである。
同社は低所得者向け住宅ローン(サブプライムローン)を証券化し販売したが、住宅バブルの崩壊とともに、負債総額が約6000億ドルに膨らんだ。
日本円にして約64兆円という空前絶後の負債額である。
同社の破たんは連鎖的に大手金融機関の経営危機を招き、金融危機を加速化させるに至った。
これを契機として、株価下落、金融不安、同時不況がワールドワイド規模で蔓延して行く事となる。
称して『リーマンショック』。
2008年の事である。

「豊のウォッカはなまじ『ダービー』を勝ったもんで、芝の中長距離が得意だと思われているが、1600m『阪神ジュビナイルF』『エルフィンS』『チューリップ賞』でのあの強さ。『桜花賞』こそダイワスカーレットの後塵を拝したが、ありゃ〜アンカツに神騎乗されただけ。こったらヘッポコ面子なら、豊が鼻歌混じりで突き抜ける。相手はナリタトップロードの最高傑作、真一郎のベッラレイア。距離はもう1ハロン長いのがベストでも3着以内なら確実に来る。この二頭のワイドならユダヤのダイヤ職人が仰け反ったてぐれぇ堅ぇョ。
よ!そこのお父さん!ないオツム捻って考える事ぁ〜ねえ。嫁さんを質に入れても買わなきゃ」
マスターが悪い癖で、聞かれてもいないのに長講釈を垂れているのは、G1『ヴィクトリアマイル』なのだが…….。

「4コーナーから直線!ヤマニンメルベイユ!ピンクカメオ並んで先頭!後ろの集団からレインダンス!ベッラレイアが大外から4番手に上がる!」
「よっしゃ!デケタ!後は豊来い!」とマスター拳を突き上げる。
「ウォッカ!ベッラレイアの後ろから虎視眈眈!400を切った!先頭は内からブルーメンブラッド!ニシノマナムスメ!間からヤマニンメルベイユ!エイジアンウインズが一気に抜けて来る!外からウォッカが迫る!エイジアンウインズ!ブルーメンブラッド!ウォッカ現在3番手!2番手!エイジアンウインズ!エイジアンウインズだ!藤田伸二やりました」

1着 エイジアンウインズ 5番人気 藤田伸二J
2着 ウォッカ 1番人気 武豊J
3着 ブルーメンブラッド 4番人気 後藤浩輝J
8着 ベッラレイア 3番人気 秋山真一郎J
「なんでぇ!伸二の野郎シャカリキになりやがってョ。元々がダート専門で芝は1400までしか走った事のねえ馬が、なんでウォッカをいわすんだ。そんじょそこらの馬じゃねえぞ!ウォッカだぜ!ウォッカ。しかし真一郎もだらしねえったらありゃしねえ。スパートが早過ぎるんだョ。小倉じゃねえんだ!東京の1600だぜ。馬主も調教師も激怒してんじゃねえの。こんないい加減なレースばっかやってたらJRAに明日はねえョ」

明日がないのは自分で、ベッラレイアが早めの抜け出しを掛けた時は「デケタ!」と大喜びしていたのを忘れたようにこき下ろすんだから、恥を知らない人間は強い。
更に、馬券は天井裏に置いとくとしても、まさかウォッカが負けるとは……豆腐を食べて釘をガッツんしたかのように顔を歪めるマスター。
2008年の『ヴィクトリアマイル』。
どうやら『リーマンショック』級の衝撃だったようである。
もうあれから10年か〜。