1983年NHK連続テレビ小説で、平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%というモンスター番組の放送が始まった。
少し人生に年季の入った方ならご存知『おしん』である。
原作は『渡る世間は鬼ばかり』の橋田寿賀子大先生。
山形県の寒村に生まれ,極貧の中でひたすら辛抱し明治・大正・昭和の激動期を生き抜き,スーパーマーケットの女性経営者として成功するまでを描き切った。
おしんを演じた女優は、少女期・小林綾子ちゃん、青壮年期・田中裕子さん、中老年期・乙羽信子さんの3人。
中でもブームに火を付けたのは少女期の小林綾子ちゃんだ。
「絶対手を離すんでね〜ぞ!」
「おっか〜」
いきなりガバチョで涙腺全開である。
これぞ寒村の田舎娘で、見る者全てが納得するフェイスは無双。
美少女ではいけなかった、こまっしゃくれていてもいけなかった。
『おしん』は土の匂いがプンプンする、小林綾子ちゃんでなければ、いけなかったのである。
「 おっかあ、おらぁ、コメの飯が食いてぇ」
その年、人々の感情が同一にシンドローム化しているとする『おしんドローム』が、我がジャパンを席捲する事となった。
「この『弥生賞』は勝っても負けても正人のミスターシービーだ。どっこい栄三郎のドウカンヤシマ、幸雄のビンゴカンタ、関西の刺客善之のルーキーオーも無視は出来ねえが、役者が違うだろう。俺のデー嫌いな関東馬でもミスターシービーだけは別。
豪脚一閃で差し切るから、ま〜見てなって」と、聞かれてもいないのに講釈を垂れるのは、マスターの昔からの悪い癖だ。
「第4コーナーを回って直線!2頭!3頭!横に広がった!ミスターシービーは内!内を突いてミスターシービー!1馬身!2馬身突き放した!2番手はスピードトライ頑張っている!内からドウカンヤシマが突っ込んだ!ミスターシービー!ミスターシービー先頭でゴールイン!2着はスピードトライ!3着は外のブルーダーバンかドウカンヤシマか」
1983年第20回『報知杯弥生賞』
1着 ミスターシービー 吉永正人
2着 スピードトライ 柴田弘之
3着 ブルーダーバン 加藤和宏
4着 ドウカンヤシマ 大塚栄三郎
5着 アジアソロン 田村正光
単勝270円
複勝140円
枠連1600円
あの故寺山修司は、『優駿』に連載した騎手伝記の中で、コウジョウによる追い込み勝ちを取り上げ、「私の考えだけを言えば、吉永正人は当代随一の名騎手である。そのレースぶりには必ずドラマがある。松山調教師の個性的な馬づくりと合わせて、このコンビは武田-福永、高松-柴田と並ぶ屈指のものであり、しかも他の二者にはない競馬の翳をもっている」と書いた。
若いときは、保田隆芳、野平祐二の陰に隠れて、ひたすら我慢の日々。
そして、最愛の妻はガンで若くして他界。
2人の子供を抱えて途方にくれたと云う吉永正人。
ミスターシービーは一度スイッチが入ると前へ前へと暴走する馬だったという。
批判されても、吉永正人が後方一気待機策を取り続けたのは、そうするしか無かったからであろう。
『おしん』の小林綾子ちゃんは貧しさを背負い、吉永正人は人生の翳を背負って、自らの孤独と不幸を追い払うような一気の追い込みに賭けた。
ミスターシービーは吉永正人でなければ、あれ程の人気になる事がなかったのは疑う事のない事実である。
さー!『弥生賞』がやって来る!
皆様、お付き合いありがとうございました。
明日も続きます。