『ルポルタージュ』の語源はフランス語。その意味はとググってみると、新聞・雑誌・放送などで、現地からの報告。ルポ。第一次大戦後に生まれた文学の一ジャンルで、社会的な事件などを作為を加えずに客観的に叙述するもの。報告文学。→記録文学とある。日本のルポルタージュ創世記の作品と云えば、岡村昭彦の『南ヴェトナム戦争従軍記』や開高健の『ベトナム戦記』など、一連のベトナム戦争物である。
それがやがて、小田実の『何でも見てやろう』や、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』、藤原新也の『全東洋街道』と続く。
そして、鎌田慧の『自動車絶望工場』や、久田恵の『フィリッピーナを愛した男たち』、家田荘子の『私を抱いてそしてキスして』辺りで、ジャンルとしての幅を広げ確立する。
そんなルポルタージュの世界で、もっとも光を放ったのは、ご存知沢木耕太郎だ。
この方の凄みは、ある時は取材対象と距離を置き、ある時は肉薄し、またある時は共に時を刻み、更には自分自身が取材対象となる変幻自在ぶりにある。
代表作は『深夜特急』だろうが、『一瞬の夏』は、あるボクサーの再起を目指し、どっぷりと浸かり、その激しい流れの中で溺れそうになりながらもがく様が秀逸だ。
内容は稀代の強打を誇る元東洋ミドル級チャンピオンが、4年間のブランクを乗り越えて頂点を目指し、その夢に手を貸す老トレーナー、見守る若きカメラマン、プロモーターとして関わる沢木耕太郎が複雑に絡み合う。
偶然に出会った男たちが、常に崩壊の危機を孕みながら、様々の軋轢を乗り越えて“一瞬の夏”を疾走するのである。
そのボクサーの名はカシアス内藤。
アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフだった。恵まれた才能を持ちながら、あと一歩のところでチャンスをつかみ切れなかったカシアス内藤。彼の口癖は「ケジメを付ける」果たしてカシアス内藤はケジメを付けれたのだろうか?それは恐らく本人にしか判らない事なのだろうが…….。
「マスターさん、昨日は良かったですね」と熊本天草出身◯原さん。「まあな、儲けは微々たるもんだが当たり馬券を売ってるって判っただけでめっけもんよ」「乗って来たところでもう一丁と行きましょう」
「気楽に云ってくれるぜ。そんなに簡単に行くなら、毎日不二家のペコちゃんみてぇにペテンバッタやってねえよ。しかも明日は変則3日間開催の中日、東京と福島開催じゃちいとばかし分が悪ぃ。大して知らねえ馬を買って、アッチチじゃ洒落になんねえよ。買うなら東京のメイン『京王杯2歳S』だろうが、あのタワーオブロンドンが出る。しかも1枠1番でルメールだってよ。差し比べになったら他の馬じゃひとたまりもねえぞ。ならば前々でと思うが、高校生のぼっちゃん、嬢ちゃんじゃ少し出していくと、直ぐに臍曲げるから難しいぜ」
「マスター!ちっとも難しくないじゃないですか、得意の1番人気から上位人気に流す作戦で」と競馬友達のK君。「くぬ野郎!俺に喧嘩売ってんのか、競馬はそったら簡単なもんじゃねえ。それで儲かるなら、角の自転車屋の大将だって大儲けだ」「では、どのように?」「タワーオブロンドンから馬連。相手内からデムーロのタイセイプライドに2万、枠連でスグルちゃんのカシアスと冬樹のモリノラスボスの6枠に1万。元取り豊のアサクサゲンキ、エビショウのエントシャイデンの7枠に2万と行こうか」
「な〜んだ!1番人気から2番人気、3番人気、4番人気、5番人気に流しただけじゃないですか」「シャラップ!人の話しは最後まで聞け。更にカシアスの単勝に1万と6千3百を張り付ける。今までは1200しか走った事がねえが、あの最後の伸び脚なら1ハロン延長は問題ねえだろう。それよりも何よりも、最悪の年で踏ん張っているスグルちゃんに頑張って欲しいのよ」と結論付けた。
ボクサーのカシアスは沢木耕太郎を男に出来なかったが……..お馬さんのカシアスにはちばって欲しいそうな( ͡° ͜ʖ ͡°)