北新地競馬交友録

悲願

沢木耕太郎さんが8編のルポルタージュを収めた『人の砂漠』は、一年に一度は読み返す秀作である。
その中の一編に『ロシアを望む岬』と云うルポルタージュがある。
北方領土に面する根室や歯舞で操業する漁師達の本音に丁寧な取材で迫っている。
実はこのロシアに最も近い地域の漁師は、北方領土返還なんてこれっぽっちも望んでいないのである。
歯舞で昆布漁を行っている漁師は、北方領土が返還されるとその周辺は昆布の宝庫なので、昆布が採れすぎ、供給過剰となり価格が下がる事をとても怖れているのだ。
また、根室の漁師は、拿捕されるのも覚悟で、高性能エンジンを積んだ漁船で特攻出漁を繰り返している。
その結果、根室の漁師町には御殿のような家が立ち並び、豊かな生活を営んでいるのだ。
北方領土が返還されない限り、大企業の大型船は入ってこない。
これが返還されたら、「腕と度胸」で行っていた漁が出来ず、大企業に全てかっさらわれる事を危惧しているのである。

ここ一カ月、我らが安倍ちゃんが、北方領土を取り返すのではないかとの報道が、マスコミを賑わせている。
「ウラジミール!」「シンゾウ!」
親しいプーチン大統領との間で、何か密約が交わされており、この12月の日本訪問時に、ビックラゲーションの発表があるとの憶測もまことしやかに囁かれる状況だ。
もちろん、先の不幸な大戦で、平和条約を平気で破って日本の国土を蹂躙したロシアの事だから、「いや〜、長い間すまぬ!すまぬ」とただで返してくれる訳はない。
「クリミア問題に端を発した制裁や、原油の値下がりによる経済的苦境を救ってくれたら、考えてやってもいいよ」
そんなところであろう。
歯舞の昆布漁師や、根室の特攻漁師達はさて置き、多くの日本人が悲願としているであろう『北方領土返還』一筋縄ではいくまい。
間違っても、安倍ちゃんが歴史に名前を残したいが故の、大盤振る舞いには気を配るべきなのである。

「マスターさん!今夜は『凱旋門賞』でマカヒキが走りますよ。勝つんじゃないですか?」
「あ〜、そったらレースがあるみてえだな。11時だろ、俺はNHKの『戦争と平和』をみてえから………….」
「マジカルですか?歴史に残る快挙の瞬間を見逃す手はないですよ。馬券も売られますしね」
「神戸元町ウインズが空いてのか?」
「まさか〜(~_~;)パットでの購入のみです。フランスにも大挙して応援団が乗り込んでいるそうですよ」
「お祭り好きのオッチョコチョイばっかだろ。大体が日本代表だって云うのに、何で屋根がルメールなんだよ。豊大明神を乗せんかい、まあ〜圭太でもいいがよ〜。なりふり構わず勝ちたい気持ちは判るが……..。第一マカヒキはいいとしても、一度も見た事のねえ馬の馬券なんて買えねえよ〜。どれぐれえ強えかなんて全然判らねえじゃんか」と臍曲がりな事を、熊本天草出身◯原さんに云っているマスター。
レースの結果はご存知のようにマカヒキはコテンパン太郎の負けだったが………….。

「マスター、パット持ってないんですよね」
「はい、持ってませんよ」
「残念でした。『凱旋門賞』でボロ儲けしましたよ。馬連が本命対抗で……..3着と4着が入れ変わっていたら3連単も当たりで………」
「なぬ!で幾ら儲かったの?」
「□△◎▲◯◇◎◀︎」
「マ!マジカル(≧∇≦)」
「パット入ってくださいよ。次の『メルボルンカップ』も自信があります」
「…………入ろうかな」
諸般の事情で、どなたかも、金額も公表を憚られるが…………。
どうやら、詳しい人にとっては、歯舞の昆布なみのお宝が簡単にゲット出来るらしい。
『凱旋門賞』制覇は競馬ファンの悲願だが、マスターにとっては金目以外の何ものでもない。
全く持ってロシア人とタメを張るぐらいお行儀が悪いのである。

本当ダメだな〜この人はm(._.)m