北新地競馬交友録

3択の果て

『巨人・大鵬・卵焼き』。
少しばかり人生に年季の入った方なら、「それ云ってた!云ってた!」と膝を打たれる言葉である。
あの懐かしい昭和時代、キッズを先頭に大人たちも含めて、好きな物、人気のある物の代名詞として使われていた。

これをもじった反主流派にシンパシーを懐く表現としては、『大洋•柏戸•水割り』。
嫌われる物や人の代表としての表現では、『江川•ピーマン•北の湖』。
ひたすら我慢する人間に注目した表現としては、『おしん•家康•隆の里』。
『巨人•大鵬•卵焼き』を数年遡るが、『神様•仏様•稲尾様』なんて云うのもあった。

差し詰め、昨今、後半逆転で沸く『サッカーWカップ』なら、『堂安•浅野•田中碧』と云ったところであろう。
それにしても、サッカーファンと云う人達は、普段は全然目立たないが、『サッカーWカップ』になると、突如何処かから湧き出して来て、渋谷や道頓堀を占拠するのだから不思議発見、スーパーひさしくんてなものである。

もっとも、殆どタダで騒げて、ナショナリズムを突き動かされるのだから、若者を中心に俄ファンがドブのボウフラ、し、失礼、雨後の筍みたいに沸いてくるのは致し方ない。
「日本が勝ったって、俺の懐が潤うわけじゃねえ。早く終わらねえかな〜あの馬鹿騒ぎ。目先交わしてキッシーがニンマリしてるぜ。」と斜に構えているのは、北新地の盆暗ぐらいのものであろう。

「ムーア!ムーア!ムーア!」
神戸元町WINS近くの居酒屋で、テーブルを叩きながら絶叫している北新地の盆暗。
馬券はもちろん馬鹿の一つ覚えで枠連。
3ー7、7ー7を平に2万円、押さえで2ー3、2ー7を各5千円づつ。
1番嬉しいのはダノンベルーガとシャフリヤールがワンツーの7ー7だが、とにかくムーアJにぞっこんで惚れ込んでいるのだから、3ー7となって儲けは僅かでも納得のレースとなった。

「マスターおはようございます。あっと云う間の12月ですね。」は、小学生でも知っている有名な企業で禄を食んでいるK君。
「はぇ〜よな、もう今年も終わりだぜ。春先まではマンボウで自粛。それ以後もパッとしねえな。騒いでるのは、うちとはまるで関係ない、190円のビールやハイボールで気炎を上げている勤人ばっかだ。ナイスミドルの富裕層は大人しいもんさ〜ね。馬券もやられまくってヒヨヒヨだっちゅ〜の。」と日曜日の朝、伝統芸能と揶揄されるボヤキに余念がない。

「今日もあの居酒屋で観戦しますか。結構、験がいいですから。」
「悪ぃ〜。今日は久々に阪神競馬場だ。うちのお客さん達の愛馬が8.9.10Rで勝つチャンスがある。あわよくば口取りって事だ。師走を迎えて京都馬主協会会員さん達の怒涛の進撃が始まった。」
「マスター、あんまりお金持って行ったらダメですよ。熱くなるタイプだから。」
「へい、へい。どうせ馬券が下手くそでござります。しかも持って行きたくったって肝心のマニーがねえもん。ここんとこ枠連買い連発で5週の内、4週は当たってるがスズメの涙ぐれぇしか儲けがねえ。」

「ご謙遜を!素晴らしいですね。あの小学生でも取れる買い目を胸を張って買うんですから。この3連単の時代に枠連?さすが昭和の漢です。」
「おい!人をおちょくるのも大概にせいョ。誰も好き好んで枠連買ってる訳じゃねえョ。懐が不如意に付き苦しい凌ぎをせざるを得ないミーを馬鹿にしやがって。」
「冗談ですよ。冗談。今日の『チャンピオンC』はどうしますか?」
「どうもこうもねえだろう。神戸市東灘区出身のスーパースター、若武者弘平のテーオーケインズは、欠伸しながらでも勝つ。相手?そったらもんいくらダートだからって外人しかおるまーが。」
「なる程ですね。」

「発表!ムーアのグロリアムンディ、ルメールのオーヴェルニュ、レーンのバーデンヴィラーの3頭の内、何と云っても底を見せていないグロリアムンディにいっと気がある。テーオーケインズとのワイドに、漢!度胸5万1本勝負だ。」と結論付けた。

『巨人•大鵬•卵焼き』ならぬ、『ムーア•ルメール•レーン』でムーアJを選択した盆暗。
「え!ルメール?」なんて事態が起こらない事を祈ろう!