北新地競馬交友録

武豊の糸

ついにと云うべきか、やっとと云うべきか、WHOが新型コロナウイルスの世界的な感染拡大について、『パンデミック』宣言を出した。
今更ジローではあるが、こうなるとジタバタしてもどうしようもない。
騒ぎが収まるまで引きこもるしかないが、時間潰しに最適なのが読書。
暫し、書に没頭して現実逃避にレッラゴー。
『ブックオフ』に行けば、僅か百円で、古今東西の名作に出会えるのだ。

『蜘蛛の糸』by  龍之介芥川

ある日のこと、極楽の蓮池の周りを散歩していたお釈迦様は、ふと池の中をご覧になった。澄み切った水を通して映し出されたのは、地獄で苦しむ亡者どもの姿。その中にカンダッタという男がいた。生前は大泥棒として悪事の限りを尽くした男だった。

お釈迦様はこのカンダッタも、たった一つだけ良いことをしたと思いだされる。極悪人のこの男も、ある時蜘蛛の命を奪わずに助けたことがあったのだ。何とかこの悪人を救い出そうと、お釈迦様は極楽の蜘蛛の糸を蓮池から下ろされた。

血の池地獄で溺れ苦しむカンダッタは、目の前に銀色の細い糸が垂れてきたのに気づく。「これさえあれば助かる。地獄から抜け出せるかもしれん。」そう考え、彼は極楽目指して糸を上っていった。

遥か上まで登り、カンダッタが一息をついていると、地獄の亡者たちがこぞって細い糸を上ってくるではないか。焦りに焦り、糸を振ってなんとか亡者を振り落とそうと試みる。

なおも上ってくる罪人たちに、「これは俺のものだ」と叫んだ、そのとき。プツリと音を立てて、糸は切れてしまう。カンダッタはくるくると回りながら、真っ逆さまに血の池地獄に落ちていった。

この一部始終を見ていたお釈迦様は悲しそうな顔をなさると、再び極楽をぶらぶらと歩いていくのであった。

この作品の肝は、亡者たちが上ってくるのを見て焦ったカンダッタが、「これは俺のものだ!」と叫んだところで、糸は切れてしまうくだり。
自分さえ助かれば、他のものはどうなってもいいという浅ましい心で、大勢をぶら下げても切れなかった糸がプツリと切れてしまうのである。

「今日は若手で売り出し中、淳君の単勝を乱れ打ちすっか。脈がありそうなのが、1Rエイシンアンヴァル、3Rワンツーフォーデビー、5Rアステロイドベルト、6Rヘルメット、まあ、そんなところだろう。一目1万でいいんじゃねえの。」と結論付けたマスターだったが………..。

1R エイシンアンヴァル2着
3R ワンツーフォーデビー2着
5R アステロイドベルト2着
6R ヘルメット2着

「マスターさん、おはようございます。今日もK君と行っていいですか?先週のすき焼き抜群でした。グリーンチャンネルを観戦しながら何か美味しいものでも。そうですね〜手巻き寿司とかいいんじゃないですか?」は、神戸元町ウインズが閉鎖となり、行き場を無くした、熊本天草出身の○原さん。
「たわけ!何が悲しゅうて70過ぎの爺さんや、永遠のオタクK君と休みの日を過ごさなきゃならねんだ。てめえの家で見ろ、てめえの家で。新型コロナウイルス様のお陰横丁でグリーンチャンネルはロハだからョ。」
「また、また、1人は寂しいくせに。」
「全然ナッシングだが、ヤモメ暮らしは何とかが湧くで部屋がとっちらかってる。掃除をするなら来てもいいぜ。」
「○原、ラジャー」で、掃除をしながらレースを見ていた○原さん。

1Rと3Rが2着に負けたところまでは、「西村Jもまだまだですね修業が足りません。流石に、アステロイドベルトとヘルメットはカッコ付けるでしょう。」と、マスターのヅケ取りに余念がない。
LIFEで手巻き寿司のネタを仕入れて、K君が到着してたのがアステロイドベルトが届かずの2着に負けた直後。
「取ってもガミだが、6Rのヘルメットは俺のご贔屓、岡田の稲男ちゃんの管理馬だ。来週の日曜日は阪神のパドックで顔を合わす予定だから、是が非でも勝って貰いてぇ。」そんなマスターの願いを嘲笑うかのような2着に終わってしまった。
1番人気を4頭指名して、それが全て2着とはお釈迦様でも思うまいだ。

「何なら!こりは。馬鹿馬鹿しくてやってられねえぜ。やめだ、やめだ。」
用意が出来た手巻き寿司を頬張りながら冷酒をグビグビときこめすしか術がないマスターを見かねたK君が、「マスター、『弥生賞』武豊Jのサトノフラッグは鉄板なんでしょ。僕も乗りますから単勝買いませんか。そうだな〜25000円づつのトータル50000円で。」
「そうか、君がどうしてもと頼むなら致し方ない。まあディープインパクト記念なんてJRAが人気取り。サトノフラッグが唯一のディープインパクト産駒だから、勝つのは走る前から決まってらあね。何倍付くんだ?え、270円てか。いいんじゃねえの。」
「私も乗せてください。1千円お願いします。」と○原さん。
「貧乏くせえ爺さんだな、俺も俺もじゃ豊の斤量が重くなっだろが。」とシャープな視線で睨んだのだが……..。

「第4コーナーから直線!馬場の3分どころサトノフラッグが先頭に!内からオーロアドーネ!200を切って坂を登る!先頭サトノフラッグ抜けた!抜けた!追ってくるのはワーケア!サトノフラッグ!先頭でゴールイン!」
蜘蛛の糸はカンダッタの邪な思い、欲にプツリと切れたが…….武豊Jの糸は強いなるなりである。